相場なんか見てません

年収200万の俺が不動産オーナーになった経緯とこれから

計算しない投資家は投資家ではない

計算しない投資家は投資家ではない

安全を作るのが投資家。安全とは、客観的な尺度でなければ安全とは言えない。客観的に評価するには計算が不可欠。

信仰から科学へ

かつて世界は平らだった。神が人間を作り、人間に必要な食料や太陽や水などを作った。みんなそう思っていた。

やがて、科学者が世界の神秘を観測と計算で解き明かしたが、最初は誰も信じなかった。でも、それらの主張は計算で組み立てられていたから、後から誰が追試、計算してもその通りだと疑いようがなくなった。

客観性を得るには、誰が計算しても同じ結果になることが必須。

賭けから投資へ

カジノのゲームも、データと計算に基づいて、勝ち越せる条件が揃えば投資になりえる。

株式投資も、根拠なく気分で売り買いしていたらギャンブルになる。

違いは計算。この計算は誰が計算しても実行しても、同じ結果が出ることが条件。人によって結果が違う計算は計算とは言えない。安全を作れない。例えば、、、

  • 貯蓄が大好きで毎月1万円を投資信託で30年積立てた天才数学者。
  • 浪費家だけど、妻に強制されて毎月1万円を投資信託で30年積立てさせられた日雇い労働者。

性格も境遇も違うけど、同じファンドを同じ額、同じ期間積立てた二人の成果はまったく同じになる。

誰がやっても同じ結果が出るから、科学は信仰より正しいと認められた。

誰がやっても同じ結果が出る投資は、計算で期待値がプラスか確認できる。安全性を検証できる。

投資家になれない人

株や不動産などの投資行為を実践していても、自分で情報を調べて計算しない人は投資家とは呼べない。

典型的な例が、家賃保証付きサブリース契約のオーナーで、経営破綻した会社に騙されたと訴える被害者。他人が提示したパンフレットの都合のいい数字だけを見て判断。自分は不動産投資をしているから将来安心だ! と思っているだけでどこにも安全なんかない。

投資の原則は自己責任。それをわきまえていれば、騙されたと訴訟をするだけ時間の無駄。自分で情報を取得して計算していれば、需要や入居率の見込みのなさに気がつけたかもしれない。

投資家は砕けない

どんな投資も100%の勝ちはない。どんなに優秀な投資家も必ずどこかで負けている。

ただし期待値がプラスで、破産確率を限りなくゼロにする計算に間違いがなければ、失敗してももう一度、二度三度繰り返せば成功の目が出る。投資家が失敗を受け入れて次に向かえるのは、勝てる根拠を持っているから。

投資家の定義は「投資をしている人」

誰でも投資家になれる。資産額、運用額の大小は関係ない。億や兆の運用をしている人も、月500円の積み立てをしている人も等しく投資家。

だけど投資をやめた瞬間、投資家ではなくなる。億の資産を溶かして挫けた人も、気まぐれの500円の積み立てに飽きてやめた人も、等しく落伍者。

投資を継続するには、破産しないこと。そのために計算を根拠にする。正しい資質を身につけた投資家は、生涯現役。死ぬ時が投資家としてのピーク。一生右肩上がり。だって、破産しないんだもん。

経済的不自由から解放されたら、人生の大きな目的が見えてくる。自分の本当にやりたいことが見えてくる。俺はまだまだ道半ばだけど、見上げた夜空のあの星が、星が掴めそうな気がしている。

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