相場なんか見てません

年収200万の俺が不動産オーナーになった経緯とこれから

安心するのをやめて安全を作る

安心するのをやめて安全を作る

安心と安全の違い

  • 安心「気にかかることがなく、心が落ち着いていること」
  • 安全「物事が損傷、損害、危害を受けないこと」

言葉の意味を確認すると、安心と安全が似て非なるものと分かる。

安心は主観的な感情なので、本当に安心なのか確認できない。

対して安全は、客観的な事実。安全だから安心とは言えるが、安心だから安全という理屈は成立しない。

安心という幻想を信じてきた日本

多くの人は子供の頃、安心して生きてきたと思う。親に守られてきたから。

高度成長期、多くの日本人も安心していた。国というシステムに守られてきたから。

増え続ける雇用と所得、不自由ない年金生活、そんな安心な時代は100年も持たなかった。

日本の黄金時代を経験している親や教師に育てられた我々は、安心を押し売りされている。

高学歴なら安心。正社員なら安心。真面目に働けば安心。保険に入れば安心。

本当に安心だった? これからもそれで大丈夫って思える?

偽りの安心が行動を阻害する。

団塊の世代と呼ばれた俺の両親は老後破産しかかっている。

支出が収入を上回り、貯金額がだんだん減っているのに、何も行動しなかった。

口では、節約節約と言っているのに何も対策しなかった。これが安心状態。

安心すると人は行動しなくなる。責任は国か誰かが取ってくれる。自分は精一杯やってる。

危機感がない。自分の行動が自分の結果なのに、不都合は見知らぬ誰かのせい。

破産が目に見えているのに、安心「気にかかることがなく、心が落ち着いてる 」状態。

下の図は、総務省統計局が調べた、現役と引退後の可処分所得と消費の統計。

画像クリックで引用元の総務省統計局へ

年金生活になったら、出費の方が8万円多くなるのが日本の平均なんだってさ!

年間だと約100万円の赤字。20年生きたら約2千万円のマイナス。

これにインフレや消費税の増税が重なったらさらに事態は深刻になる。

政府が出してる統計がこんな状況なのに「気にかけることなく、心が落ち着いている」安心をしていたら破産まっしぐら。

誰かに教えられた安心。誰かに与えられた安心。そんな根拠のないものに頼ると、何も対策をしないまま、毎日を生きてしまう。

安全をどうやって作るか。

まず数字で組み立てること。

先ほどの統計なら、定年後に10年生きたいなら最低1千万の貯蓄が必要と、具体的な数字になる。

でも、あと何年生きるかなんて誰にも分からない。医療が発達して200歳まで生きる時代が来るかもしれない。

いくら貯めれば安全か分からないのであれば、老後の不労所得を作っておけばいい。

仮に定年前に2千万円貯められたら、インデックスファンドを買って取り崩さない。年利5%と仮定しても、年間100万円のリターン。月8万円の不足を補える。あら、簡単。

解決策が見えてきたら、次はじゃあ2千万貯めるために何をやるかと具体的になる。

安全は計算することで組み立てることができる。小学生でも出来る計算でね。

逆に言うと、計算のない安全はただの妄想。根拠のない安心と何も変わらない。

投資とは安全を作ること。

自分の将来、家族の未来を守るには、安全を確保すること。

安全は数字で計算することで組み立てられる。それこそが投資。

根拠のある数字、誰がやっても同じ計算結果になるのが投資。

根拠のない期待、運次第で人によって結果が変わるのがギャンブル。

安心をやめよう。自分の未来に責任を持つために。

安心をやめよう。行動するために。

行動するなら安全を作ろう。

安全を自分で組み立てられたら、あなたは立派な投資家だ。

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