相場なんか見てません

年収200万の俺が不動産オーナーになった経緯とこれから

一番の思い出

一番の思い出

「ヤマ、川下りいこうぜ?」それがモモの第一声だった。

約20年前。俺が21歳の頃かな。東京で一人暮らしをしながら専門学校に通っていたんだ。その級友に百瀬という奴がいた。

俺はよく百瀬=モモの部屋に遊びに行って、泊まり込んでたりした。

その日は夏休みで灼熱の暑さ。俺の部屋はエアコンがなく、いつものようにモモの部屋に転がり込んでいた。

きっかけはない。本当になにもない。ただモモが唐突に川下りをしようと言ったのだ。

何かのイベントか? 聞いてみるとそうではない。ただボートで川下りがしたいと言う……

これは青春の日の思い出の記録。利根川の源流から海までを、ひたすらにひたすらに川を下った、バカ2人のバカさ加減の記録である。

20年前の俺。ゴール地点の銚子の海。やり遂げた男の顔。

こいつはバカなんだなぁ 俺はアイスをかじりながら受け流した。

モモの話を要約するとこうだ。「夏だもんな。暑いよな。川下りしたら涼しくて気持ちいいだろ。夏は川下りじゃね?」

すぐ近くの井の頭公園のボートかと聞くとそうじゃない。

「俺は川下りがしたいんだ。一週間くらいな。海が見たい。ボートを買って川を下りたい」

俺は海水浴に使うようなゴムボートを想像しながら、無理。危ない。バカ。と判断していた。

「うんと言ってくれそうなのヤマしかいねぇ。頼むよ。どうせ勉強もせず暇なんだろ?」

まあな。こんなバカな提案、誰もが却下するだろう。最後の一言は余計だが事実だな。

「今からボート買いに行こう。俺が金出すからさ。旅費も俺が出す。ヤマは付き合ってくれるだけでいい」

ちょっと魅力的な提案だった。俺はそのころ、椎名誠の無人島旅行記を読んでいて、冒険に憧れる気持ちもあったのは確か。

それにしても無謀だ。なんと言っても俺は泳げないのだ。青春真っ盛りに死にたくはない。

どうせ諦めるだろう バカが二人になるとは思いもせず。

俺がゴムボートなんかじゃ死ぬ。沈没して溺れると主張したら、モモも妥協してこう言った。

「じゃあ、ボート見に行くのだけ付き合ってくれ。川下りは他の奴と行く」

ならば問題はない。そのくらいなら付き合おう。モモには日頃から世話になってる。慣れない東京暮らしが楽しいのも彼のおかげなのだ……

 

……凄かった。

スポーツ用品店で見つけたゴムボートは想像以上だった。『ナイフで刺しても破れない!』とPOPに書いている。

俺のゴムボートの概念が崩れるような安心感。画像で見てもピンとこないだろうけけど、実物見るとホント頑丈な素材でできてる!

俺らの乗ったボートはもう販売されてないが、同じメーカーの後継機がたぶんこれ。

現行機の価格が116,000円。確か当時も10万円くらいの定価だった。高けぇー!

でね、このボートが在庫処分でたたき売りされてましてね。確か29,800円。安ぅー! それでも学生の俺らには十二分に高価だが。

「これにする」モモが言った。マジかよ? バーゲン品とは言え約3万。お前は本気なのか!?

モモが店員を探しに行く…… マジなのかモモ…… 俺は考えていた。

奴は本気だ。俺はどうなのかと。

このままボートを買うのに同行した奴で終わるのか? 俺の青春はこれでいいのか?

いいはずがない! できるかなじゃねえよ! やるんだよ!!

まあ、ホントはそんな決意なかった。思いのほかボートがデカくて頑丈。転覆もしそうにない。

上の画像とは違う当時の古いモデルは、空気を入れる船体が左右独立してて、片方穴が開いても沈没しない。これなら死なないと判断。

川下りしたいバカが来店したタイミングで、半額以下の特価販売品があった。これは運命に違いない。

俺も行くと、特になんの感慨もなくモモに言った。

「おう」特になんの感慨もなくモモが答えた。だが、そこには満面の笑顔があった。

作戦会議! 我々に死角なし!

空気を抜いてもクソ重い、クソでかいゴムボートを担いでモモの部屋に戻る。

今夜は三鷹のモモの部屋に泊まり、明日の朝出発すると決めた。

俺は東高円寺の自分の部屋に戻り、着替えだけ持ってきていた。

攻めるのは利根川。理由はない。単純に長い川ってだけでモモが決めた。

電車に乗って、可能な限り利根川の上流からスタート。旅程は一週間。

装備は今日買ったゴムボート。付属のパドルが一本。二人乗りだが漕ぐのは一人。交代で漕ぐことになる。

ライフジャケットは高かったので買わなかった。俺は泳ぎは苦手だが、まったくではない。ボートが沈まないなら溺れないと思った。

あとは何が必要か相談。地図は明日出発前に買おう。飯は現地調達。釣りをするわけではなく、その都度上陸して店で買う。

どちらともなくトイレットペーパーが必要だなと。これだけは持参しようと合意。

あとゴミ袋。トイレットペーパーや着替えが濡れないように。旅の間に出るゴミもポイ捨てはしないのだ。

これで準備は完了した。バカが二人いた。

旅の荷物は軽い方がいい。バカの脳も限りなく軽かった。

やると決めたら、物事はどんどん進んでいく。

トイレットペーパーと下着、20㎏もあるボートを担いでJR三鷹駅を出発。

駅の構内で地図を買う。あと写ルンですも買った。これでこの旅を撮影するのだ。

(20年前はスマホもGoogleマップもない。コンビニで使い捨てのフィルムカメラ「写ルンです」が売っていた時代だ)

by カエレバ

 

電車に揺られながら地図を広げ、どこまで電車で行くか相談。

群馬県の水上駅をスタート地点と決める。利根川沿いの駅はそこまでだった。

モモはもっと源流まで行きたいと言ったが、水上駅より上流にはダムがあるので却下した。

名前もいいじゃないか、水上。川下りのスタートにふさわしい。

途中、乗り換えやら昼飯やらで、三鷹駅から水上駅まで約5時間。

水上駅から利根川の岸辺までボートを担いでえっちらおっちら。ボートに空気を入れて進水したのが、午後3時くらいだった。

利根川の水面がキラキラと輝いていたのを憶えている。つまり晴天。絶好の川下り日和だ!

モモも俺もはしゃいで、カメラでボートや互いを撮影した。不安なんかなかった。興奮と喜びが俺たちの世界のすべてだった。

バカも学習する。川下り初心者は一日で川の男になる。

二人ともラフティングボートの乗り方すら知らなかった。

普通、この画像のような乗り方だと思うだろ? 違うんだよ現実は。

俺たちも最初はこうやってみたけど無理。座席や背もたれのないボートだからさ。短時間ならいいけど、長時間は無理。座る姿勢を維持するだけで疲れてしまう。

正解はこのスタイル。

二人逆を向いて、背中合わせでいれば疲れない。朝から晩まで何日もボート漕ぐのだ。これじゃないと続けられない。

この正解は、俺たちの旅の正解だ。座席のないボート。両ひれのパドルが一本なので一人しか漕げない。朝から晩まで連日漕ぐ。

この条件だからこそ、この解答になる。その証拠に、背中合わせでゴムボートを漕いでいる画像を探したが見つからねぇもん。

漕ぎ手交代の度に、ボートを180度ターンさせるのが面白かったね。

漕ぎ方も、二人とも数十分でマスターした。力任せにパドルを漕いでも速度はそんなに変わらない。ボートの進行方向も乱れ、疲労だけが溜まる。

ボートの推進力を維持する程度に、水をゆっくりかくだけでいい。パドルを動かすのにスピードはいらない。

スーッとパドルを水に入れ、水の流れのままにスーッと水中を流し、スーッとパドルを引き上げる。

背中合わせスタイルでいると、休んでる方も漕ぎ手の動きが背中越しに感じられるんだよね。

疲れたかなってすぐわかるので、休んでる方から「チェンジ」と声をかけて交代していた。

道中一度も、互いの「チェンジ」の声を否定しなかったと思う。自分で思ってるより、相手の方が自分の疲れに敏感と分かるから。

川下りマスターの一日

川下りマスターの朝は早い。夜明けと共に目覚める。

8月末の夏とは言え、川岸の夜は寒い。太陽の光だけが暖房だ。冷え切った体を温めるため起きるしかないのだ。

橋桁の下で寝ている俺。寝袋なんかないので、ポケットに手を入れ足を組んで寝ている。恐ろしく寒いのだ。

朝食に、前日買っておいたおにぎりを食べる。生きていて良かった。

川辺なので排便には困らない。地球が俺たちのトイレだ。トイレットペーパーをもってきて良かった。文明に感謝。

用を終えたら、二人でボートを担いで川へ。川を下る以外することがないのだ。目的と手段が完全に一致した素晴らしい生活。

川の上には困難もある。一番やっかいなのは堰だ。

人工の滝のような場所。地図を見てもどこに堰があるかは記載がない。

こんな落差、落ちたらただでは済みません。死んでしまいます。

どうやっても対処のしようがないので、堰が見えたら岸に上がる。ボートを担いで堰を越えてからまた川に戻る。

恐ろしいのは堰が見えないとき。岸辺から見るとすぐに堰の存在は目に付くが、上流から先の水面を見ていても、堰があるかどうかとても分かりづらい。

「モモ、あれ堰じゃねえか?」「あー? どこよ? 見えねえ」「気のせいか」

って話してたら本当に堰があると直前に分かって、慌てて岸に上陸するという場面があった。その堰を陸から見たら即死するような落差だった。

それ以来二人とも、水面の些細な揺らぎに敏感になり、おかしいと思ったら川べりに船を寄せて様子をみるようになった。

浅瀬も危ない。命の危険はないが、尻が危ない。

浅瀬には、すぐ水面下に岩があることが多い。喫水の浅いボートでも、岩の切っ先に船底がぶつかる。

ナイフで刺しても穴が空かないボートだが、岩の切っ先は、容赦なく俺らの尻に突き刺さる。

その対策が「ケツ!」という合言葉。

前を向いている漕ぎ手が、水面下の岩に気づいたら「ケツ!」と叫ぶ。

その合図で互いに背中を押し付け合い、ケツを浮かすのだ!

船底をゴリゴリとこする岩の恐怖は「ケツ!」の呪文で回避できる。とてつもないライフハックだね!

川の時間はおだやかに流れる。

堰や浅瀬などのピンチは、全体の10%以下だ。

漕ぎ手はゆったりとパドルを漕ぐ。休憩中の相棒は、歌を歌ったり本を読んでのんびり過ごす。

地図を見ながら休憩しているモモの足。拾った竹竿は浅瀬攻略の必須アイテム。衝突しそうな岩を突いて方向転換!

背中に相棒の熱を感じながら、太陽を浴びて水の音を楽しむ。風が頬を通り過ぎていく。

昼飯はボートの上でおにぎりやパンを食べる。優雅だ。

夕方、空がオレンジ色になったら、岸に上陸。夕焼けで水面の異常が確認できなくなる。夜に川を下るのは自殺行為。

ボートを岸に担ぎ上げる。洗濯タイムだ。

川の水で着ていた衣類を洗う。裸になって自分の体も洗う。利根川の水なのでそんなに綺麗ではない。

でもまあ、洗う。川の流れに身を任せているだけでも、結構汗はかくのだ。日中の日差しは強烈。俺もモモもあっという間に日焼けするほどに。

洗濯が終わると、食料の買い出しだ。

上陸地点に常にスーパーやコンビニがあるとは限らない。酷いときは、商店を求めて小一時間さまようこともある。

夕食と明日の行動食を買う。俺はいつも鮭おにぎりを買っていた気がする。

野営地の条件が揃えば煮炊きもする。そんな好条件の岸辺、滅多にないが。

誰かが残置したかまどを発見、流木を集めて火をおこす。濡れた靴を乾かし、アルミ鍋のうどんなんかを煮てた。

たき火を見ているだけで、優しい気持ちになれる。飯も温かい。靴も乾く。文明に感謝。

飯を食ったら特にすることはない。飯を食って体が温かいうちに寝るに限る。

何かモモと語り合った気もするが、まったく憶えていない。青春とは儚いものだ。

深夜、寒さで目が覚める。寒い。恐ろしく寒い。

ゴミ袋万能説。寝袋もなるぞ! 腕組みしているのは寒いからだ。

深夜から明け方は寒さで眠れないこともある。道中ずっと寝不足ではあったが、体力的には問題なかった。これが若さか。

決裂。

そんなこんなで一週間が過ぎた。その日は旅の間、初めての雨だった。

雨宿りに橋桁の下に上陸する。ちょうどいい雨だ。ここで撤収して帰ろうと俺はモモに言った。

「なんでだ? 海まで行くんだろ?」モモが怪訝な声をあげる。

海? 一週間の予定だっただろ。海までなんて、まだ半分しか来てないよ。あともう一週間やるの?

「最初に俺は海までと言った」

いや、無理だよ。一週間って言ったじゃん。雨だし、俺は風呂入ってちゃんと寝たいよ。

「なら一人で帰れ。俺は一人でも海まで行く」

ふざけんな! 置いていけるわけないだろ!

「ふざけてんのはどっちだ! 途中でやめるなんて意味ねぇよ!」

……条件がある。一緒に海まで行く。ただし、今夜は風呂に入ろう。銭湯かサウナに行こう。

「よし! 雨だしサウナで一泊しよう」

楽園と喧嘩と

サウナはパラダイスだった。原始時代から未来都市へタイプスリップしたかのような快適さ。

まず風呂のありがたさ。温かくて綺麗な水に浸かれるのがありがたい。

俺のふとももから尻にかけては、吹き出物が出まくり、無残な状態だった。

ボートの中には不衛生な川の水がどうしても入ってくる。そこに長時間座って濡れたままだから、皮膚が負けたのだ。

俺が帰りたかったのは、この吹き出物が不安だったのもあった。

風呂、食堂、仮眠室。素晴らしい。何もかもが素晴らしい。サウナは宿泊施設ではないので、仮眠室という名の雑魚寝部屋があった。

仮眠だろうがなんだろうが、屋根のある寝床は奇跡のような快適さ。人が家を発明したのは人類最大の発明であろう。

翌朝、鋭気をチャージした俺たちは、ボートを残してきた橋桁に戻る。

一目で異常に気がついた。

荷物が荒らされている。

ボートは無事だ。衣類を入れたゴミ袋はある。しかし、カメラや本を入れた袋がない。盗まれた!

「カメラがねぇ おい、カメラがねえよ! どこのヤロウだ! ぶっとばしてやる!」モモが叫んだ。

他の品はどうでもいい。いつでも買い直せる。カメラはダメだ。そこに納めた写真は、これまでの旅の思い出は取り戻せない。

「お前が風呂なんて言うからだろ!」

何も言い返せなかった。すまんと謝るしかなかった。モモもそれ以上は俺を責めなかった。

二人とも無言で荷物をまとめ、ボートを川へ運んだ。行くしかない。二人で決めたことだ。海まで行くしかない。

利根川に二人

無言の旅が続く。漕ぎ手交代の「チェンジ」の声だけが交わされる。

俺はひたすらに悔やんでいた。一週間の二人の記録が失われた。

俺が甘っちょろい提案をしたばかりに。モモにわびる方法がない。取り戻しようがない。

 

俺が漕いでいるとき、モモが突然歌い出した。

いぇーい! ヤマに会えてよかったぁ!

このまま ずっと ずっと 死ぬまで川下りぃ♪

バンザーイ! ヤマに会えてよかった!

このまま ずっと ずっと ラララ ふたりでぇ♪

俺もすぐに歌い返した。いぇーい! モモに会えてよかった!!

二人で歌った。ラララ ふたりで♪

 

モモと野良犬。モモが自分の朝飯を与えたら、ずっとそばを離れなかった。

この記事に掲載した写真は、カメラを盗まれたあに再度購入したカメラで撮られたものだ。

橋桁の下で野営。洗濯物が干せたのがありがたい。難民かよ。
ゴミ袋は友達。ずっと抱えながら旅をした。

不滅の資産。

結局、二週間かけて海に辿り着いた。群馬の水上駅から、埼玉、東京を通過し、千葉の銚子港まで。トータル260㎞。

失われた写真はあるが、得られたものはそれ以上に大きかった。

言葉にすると照れくさいが友情。そして達成感。

青春の日の思い出としては、他の人にはない大きな資産になったと思う。

ありがとうモモ。お前のバカがなければ、俺はつまらない人間になっていたよ。

バンザイ! モモに会えてよかった!

by カエレバ

 

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